「信頼」の力学

http://d.hatena.ne.jp/essa/20060718/p3
アンカテ(Uncategorizable Blog) - Rails的世界の「安心」と「信頼」の力学
 
 あたしゃプログラミングの世界はさっぱりわかんないけど、
読んでると、ひとつ上のエントリーと関係するかもしないかもしれない話。
たぶん、数年後に読み返してみたら、色々考えるだろうなぁ。
 


Rails的世界は、「知らない他人を信頼しないと地面が見えてこない世界」である。
オープンソースを使うならば、「信頼」は頭のレベルでよいのだが、
Railsを使うならば、「信頼」が身体にしみついてないとダメだ。
 
(中略)
  
「信頼」と何かと言われれば、
他人が書いたコードを使うことに頭を使うことや、
自分が普通にコードを書く場所が当然のように全開で公開されていることや、
自分だけしかできないという具体的な根拠があること以外は
全部他人がどこかで同じことをやってると信じることとかで、
それはあたり前のことだけど、
そう思うことに何の努力もいらないことが本当の「信頼」だと思う。
 
何の努力もなくそういう方向に考えることができることが、
紛れもなくひとつのスキルであって、
そのスキルが無いと、非常に大きなハンディキャップになる。
一日48時間情報を追いかけても追いつかず、自分でコードを書く暇がなくなる。
 
(これは至近距離で確認したけど)
このムーブメントの中心にいるDHHのお肌が
あんなにスベスベなのは何かがおかしい。
たとえ4時間くらいでも、DHHが睡眠を取ったら、
その間に、Railsムーブメントはとんでもない方向に進んでしまい、
彼が起きた時には、もう取り返しがつかない状態になってしまうはずだ。
あのスピードで進化しているのに
DHHのお肌とRailsリポジトリが共に健全なのは、
彼が何か特殊な技能をマスターしているからで、
それは、スキルとしての「信頼」だろう。
 
(チョイ略)
自分が作るアプリケーションより、Railsはずっと早く進化する。
プラットフォームが電車より先に進んでしまうのだ。
そういう不確実な世界で安定を求めたら一歩も前に進めない。
まだ見ぬ未来を基盤として、モノを作る必要がある。
まだ見ぬAPIを漠然とでも理解するには、
自分がオープンでいて、ムーブメントの空気を呼吸していないといけない。
呼吸する為には、「信頼」が必須条件である。
 
他人が恐いと呼吸ができなくて、
呼吸ができないとプラットフォームが進んでいる方向がわからなくて、
方向がわからないとプログラムが組めないのである
 
(中略)
ただ、Railsの場合は、これが参加資格となって
暗黙に強制されているような所があって、
野次馬が自動的にそこに巻き込まれていく点が、
これまでに無い所なのではないだろうか。
コアから見るより周辺から見た方が、この違いはわかりやすいかもしれない。
 
そして、LinuxWikipediaになったように、
Railsという現象の中にある本質的なものは、次のWebの重要な構成要素になる。
 
日本人が「信頼」が不得意だとは思わないが、
それが社会現象として顕在化した時には、
安心ベースの社会の中にある、潜在的なひとつの「デバイド」を炙り出すと思う。