「ここで、徹夜的徒労は果たして無駄だったのだろうか?おそらくその徒労抜きには、折角のピースが目の前に差し出されても、それが決定的ピースであることに気がつかないのではないだろうか?」

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50540496.html
404 Blog Not Found:「徹夜のナルシズム」のナルシズム
 
関連しないかもしれないけど、一緒に読みたい文章


フォワードの一番の適性は
「ここぞという所」で「ごっつぁんゴール」を
何の躊躇もなく入れられる人であることだと思う。
 
それができたら、彼はヒーローになる。
彼の地力や努力や才能と関係なく、単なる幸運によってヒーローとなる。
技術的には、「一番いい時にちゃっかりそこにいる」というのは、
フォワードの重要な技術だと思うが
(実際、柳沢にはそういう才能があって、あの場面が
それを象徴しているような気もするが、
そこまで私はサッカーのことはわからないのだけど)、
素人には「自分でも入れられそうな簡単なシュート」にしか見えない。
 
「自分でも入れられそうな簡単なシュート」を入れたことで、
一躍国民的ヒーローになるような人を、日本人は果たして祝福できるのか?
 
そういう運と臭覚のみで生きているような人間が、
自分たちの「代表」になることを日本人は許容するのか?

http://d.hatena.ne.jp/essa/20060619/p2
アンカテ(Uncategorizable Blog) -
日本サポーターはごっつぁんゴールを祝福できるか?

 肝心なときに「そこ」にいるってのは、
運だけでなく、ある種の判断や必然が伴います。
ただ、そこにいるのが、よりによってその人なのかよwってことはある。
  

 つまり、
「内在している」という理解をしているか、
「理想はないもんだ」というふうに思うかで、
全然違うからね。
後者に陥ったら解はないよ。
何が起きても、一個何か起きたら全部ダメという発想になるからね。
つまり、前者の「内在している」っていう理解をすると、
一個の失敗を見て
「これは何がおかしかったんだろう、これを食い止めるにどうしたらいいんだろう」
と言って、制度設計にフィードバックができるじゃない。

週刊東洋経済TKプラス
http://www.toyokeizai.net/online/tk/person/index.php?page=3&kiji_no=29
「日本へのメッセージ――グーグル、若者、メディア、ベンチャー精神について」
梅田望夫(後編)(3)