「夜がまた来る」

映画「LEFT ALONE」にまつわることで、思い出したこと。

 私の尊敬する写真家のひとり、森山大道さんの文章に、
新宿での68年10月21日国際反戦デーの一夜での体験を記した
「夜がまた来る」(『犬の記憶』所収)という文章があります。
 これ、読んだときに相当リアリティがあって、凹んだ。
 


おおげさではなく、そこで目撃した光景は
僕自身の意識を根っこからゆさぶることになったし、
その後の、僕の思考や行動を大きく変えるターニングポイントとなった。
その新宿の一夜を書き記してみる。
 
その夜('68/10・21国際反戦デー)新宿の町は異様な暗さにつつまれていた。
駅前広場や大通りは、反戦連合、三派系全学連、市民、報道陣、機動隊の群れで
黒々と埋め尽くされていた。
広場を囲むビルや商店の灯は消え、昨夜までの灯火の洪水がまるでウソのように暗かった。
(チョイ略)
しかし、僕が大きな衝撃を受けたのは、そのことよりも、
むしろ新宿の町全体をつつむ、不思議な静けさであった。
じっさい耳をおおいたい喧噪であったにもかかわらず、
僕の目に映った暗い光景は、むしろ無言劇を見るように奇妙な静ひつであった。
おびただしい群衆とともに右往左往逃げまどいながらも、
僕の意識は興奮から遠くはなれて醒めていた。
「なぁんだ、こんなことだったのか」
路地の暗がりにはロープを張りめぐらし、逃げ込む学生を
自警団と称する一団が角材で袋だたきにしていた。
昨日まで表通りの商店で学生を相手に商売をしていた商店会の男どもである。
その日いちはやく店を閉じ、灯りを消した連中である。
見事な変身であった。
「そうか、こういうことだったんだな」
不夜城を誇る新宿のまばゆい夜景は一夜にして暗澹と不気味な闇の光景に転じていた。
僕は乾いた気持ちで、遠い記憶にある戦時中の警防団や灯火管制を思い出していた。
「わかったよ、いいものを見せてもらったよく憶えておこう」
名状しがたい恐怖感といいしれぬ絶望感、
そして索漠として冷めた気持ちをかかえて
ぼくは青山の仕事場に戻って暗室に入った。
  
(中略)
 
終夜営業のドラッグストアー「ユアーズ」のカウンターに並んで座った。
店内にはカラフルな商品が氾濫し、時代とはとりあえず無縁そうな人種で混み合い、
ポップスが流れて衛生的な匂いがした。
ガラス壁一枚をへだてて全くの別世界であった。
僕には戸外のせり合いより、むしろ店内の光景の方が恐ろしかった。
やがてコーヒーがはこばれ、一口飲んでから
「悪い時代だなぁ」
ポツンと中平卓馬が言った。
僕はなにも聞かなくても、もう彼の言わんとすることがすべてわかったような気がした。
僕もカップを置いて
「悪無限よ」
と言った。
ウインドーのガラスに護送車の赤いランプが血のようににじんで映っていた。
中平はそれっきり黙ってしまった。
 
そしてあれからすでに14年が経ってしまった。
いま時代は一見静かに見えている。
しかし実体はさらに凶悪になってしまったと思う。
あの新宿の黯い一夜は、完全に予行演習であった。
そして僕は、相変わらず夜の来るのがとても恐ろしい。

森山大道「夜がまた来る」(『犬の記憶』所収)
ISBN:4309474144
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309474144/

  
 確か、この当日の夜、森山大道は、新宿で撮った、
思いっきりアレてブレてボケた写真を1枚モノにしていて、
それが、彼の代表作のひとつである
「新宿の路上で火炎瓶(?)を投げる学生(?)」だったはず。