斧の一打ちはその前に木につけた切り目によって制御されている。

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1079.html
松岡正剛の千夜千冊』:『アフォーダンス佐々木正人
 


ギブソンゲシュタルト心理学の最前線にひとかたならぬ関心をもった。
そこへ空軍の知覚研究プロジェクトに参加するように要請された。
フライト・シミュレータによるパイロット訓練などで、
どんなプログラムが必要かを調査研究開発するプロジェクトだった。
ギブソンはそれらに従事するうちに、
運動する知覚が感覚刺激だけで成立しているのではないことに気がついた。
刺激のデータを集積しても、運動知覚の秘密は解けなかったのである。
 
 それよりも、パイロットが感知する「地面」の
サーフェス感覚(面性)やテクスチャー感覚(きめ)のようなものが、
運動知覚を支えているのではないかと思うようになった。
また、そのようなサーフェスやテクスチャーが
光の当たりぐあいや勾配の持ちかたによって、
運動知覚者のコントロール感覚を制御していることを知った。
 
 ゲシュタルト心理学は「像」や「形」が
網膜や脳にもたらしている刺激の影響を重視していたのだが、
ギブソンは環境のなんらかの特性が知覚者に与えている
「姿」や「変化」のほうを徹底して重視したのである。
 
(中略)
 
主著のひとつの『知覚システムとしての感覚』では、生物を包み囲んでいる状態を
「ミディアム」と「サブスタンス」と「サーフェス」に分けて、
「環境とはミディアムとサブスタンスを分けるサーフェスのレイアウトである」
というような解釈をした。
 ミディアムは水や大気や草原や森林や都市のようなもので、
多くの動物はそのなかで比較的自在に移動できるし、
そこにいることによって何が離れているか、何が近づいているかが判断できる。
サブスタンスはなんらかの堅さや構築があるもので、
その中をてっとりばやく移動はできないかわりに、
それらがどのような組み合わせでできているかを感じることができる。
このミディアムとサブスタンスとの境い目がサーフェスになる。
動物はこのサーフェスに敏感に対応していると思われた。
 多くの動物たち同様に、空軍のパイロットも
このサーフェスの見究めによって戦闘機の着陸を制御していた
われわれも同じだ。
ソファのサーフェスだけで座り方が決められるし、
街の模様によって歩き方を決められる。
そうだとしたら、われわれはミディアムとサブスタンスを区分する
サーフェスによって包み囲まれた環境のなかにいるとみなせるわけである。
 
(ばっさり中略)
 
 もっと大きな収穫があるとすれば、
アフォーダンスが「価値」の問題と結びついていったときだろう。
結局、すべての理論はわれわれにとって
「価値とは何か」をめぐっているものだけれど、
これまでは、環境と対象と道具と知覚とを一貫してつなげる価値が
どのようにして説明できるのか、その理論を欠いてきた。
アフォーダンス理論がそれを充当させるとはいいきれないのだが、
そのような相互の価値観をつなげるコンシステンシー
有効な橋渡しをすることなら期待できるようにも思われる。